今年(2026年)1月の本コラムで、いくつもの顔を持つ私について書いた。これまでも仕事、多言語学習、で全く違った仲間たちとのコミュニティで活動してきたが、今年になってさらに活動の場が増えたということを述べたのである。現在所属しているコミュニティには、多種多様な人たちがいる。性別も年齢も違う。外で働いている人も専業主婦の人もいる。これは、私の77年半の人生では殆ど無かったことである。75歳までの私は、ほぼ男性中心の職場で過ごして来たからである。
それでも、地域活動、親戚づきあいでは、場に応じて何とか振舞っていた。本音を言えば、それらしく演じていたのだ。しかし、75歳で組織に所属することから解放されることとなり、その少し前から、自分で新たなコミュニティを見つけて飛び込むことを始めた。それは、私にそれまでとは全く違った経験をもたらした。
大きなきっかけは、多言語学習のコミュニティに入ったことである。所属しているのは、子育て中のお母さんたちを中心に、赤ちゃんから高齢者までである。もちろんお父さんたちも、大学生もいる。そして、とにかく言葉を使ってコミュニケーションを取る。言葉は、口から発する言語だけではなく、体も使って発する動きもある。話すためには相手の話を聞かなければならない。相手を理解しようと努めなければならない。演じている余裕などない。
さて、今年から所属することになった新しいコミュニティは、子供たち(未就学児から小学校高学年まで)に理科工作やプログラミングを教えるというものである。実は、企業に40年以上勤め、大学で10年の教員生活をしてきた私は、子供たちが苦手である。この2年間は県のボランティアで小学生のプログラミング教室を手伝ってきたが、ボランティア仲間が一緒で、子供の相手は仲間に任せることが多かった。しかし、今回は違う。「いしだせんせい」として子供たちと向き合わなければならない。不安が募るばかりだった。
不思議なことに、周りの人たちは私の子供たちとの接し方(話しかけ方、距離感など)に感心してくれる。私の経歴からみて、どうやって身に着けたのか不思議だと思うらしい。自分でも信じられない。その時気づいた。多言語学習のコミュニティで身に着いたのだ。経験の連鎖ができているのだ。最初と終わりの挨拶、呼びかけ、何より、相手の気持ちを引き出し、相手の話をじっくりと聞く態度など、2つのコミュニティに共通するものは多い。
このような良い経験の連鎖は、いずれは私自身を助けるように思える。なぜなら、それが仲間を増やして孤立を防ぎ、低下しつつある脳や体の働きを高めてくれる。新しい環境に入るのは不安である。でもそれを振り切ってどんどん繋げていくべきだ。
それに気づいた時、もう一つの連鎖がプツンと切れた。この1,2か月続いた心身の不調をもたらしていた「母の死を含めた負の連鎖」である。先週、仕事で鹿児島に行った時が最悪だった。その連鎖が切れた時、それまで白黒写真のように色の無かった世界がみるみる色づいた。全てのものが美しく愛おしく見えてきた。同時に、失われていた食欲が戻ってきた。「食べることは生きること、生きることは食べること」。私はまだまだ生き続けるのだ。
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コンサルティングと研修のサービスを提供します。
所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)

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経験の連鎖が身を助ける
2026.3.15

