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期待と現実はかけ離れている


2026.3.8


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 ほんの2か月前、つまり、2026年の新年のことである。初詣で私が祈念したのは、「健康でまた海外に行けること」だった。その時に頭の中にあった渡航先は、UAEのドバイである。そこで、近未来の都市を見てみたい。そのためには、脳の働きを高め、日々の運動で足腰を鍛えておかなければならない。勝手にイメージを膨らませ、胸を躍らせていた。しかし、たった2か月でそれは無残にも崩れ去った。中東の情勢はそれどころではなかったのだ。

 特別養護老人ホームに入っていた101歳の母は、もう半年以上も前から、1日中眠っていることが多くなっていた。ホームのスタッフからは、いつ何が起こってもおかしくないので覚悟をしていた方がよい、と言われていた。でも、私にはその実感が湧かなかった。まだ数年は生き延びるのではないか、と勝手に思っていた。母の死というものがイメージできなかったのである。しかし、2月に母は眠ったまま息を引き取った。現実は私の思いとはかけ離れていた。本当に安らかに逝ったことだけが救いだった。

 いくら情報が得られても、いくら想像力を働かせても、結局、人間は自分のすぐ近くのこと、自分に直接的に関係することしか見えない。一方で、自分以外の人、特に距離的に離れている人のことは忘れがちである。それによって、得られた情報に対して自分に都合のよい解釈をしてしまう。自分が期待していることだけを信じる。さらには、自分が期待している結果と結びつく情報ばかりを集めてしまう。最近のSNSによる偽情報や誹謗中傷の拡散も、それに起因する。

 一方で、世の中の大きな流れから見ればどうでもいい、些細な事に悩む。まさに最近の私はそんな状態だった。初めての場所に行くのに、交通機関が止まることや道を間違えることを極端に恐れたり、年賀状仕舞いの連絡なく年賀状が来なくなった人のことを気にしたり、最近の胃痛を「大きな病気の前兆ではないか」と心配したり。普通の生活において細かなことが気になるのは、心や体に悪影響を及ぼしかねない。

 期待に引きずられず、極端にトラブルを恐れず、現実を冷静に正しく見るためにはどうすればよいのだろうか。時間軸を長く取ることは有効である。例えば、私は株価の上下に対しては殆ど一喜一憂しない。上がればいずれ下がる、逆もまた然り、と達観している。長い目で見れば大きな得も損もしないものだ。これこそ長く生きてきた高齢者の強みだろう。

 物事を判断する際の距離の取り方も重要だろう。これには2つの面がある。一つは、たとえ親子であっても相手とは一定の距離を取ることである。そうすれば、冷静に相手を見つめることができる。もう一つは、距離を縮めて現実を見極めることである。そのためには、実際にその場所を訪ね、実際に相手と会って話をする必要がある。私が、海外に行ったり多言語学習を続けたりしているのは、そのためなのである。

 さて、私の胃痛の原因が分かった。最近、クッキーづくりに嵌っている。だんだんコツが掴めてきた。失敗しても、うまくできても、できたものは胃袋に入る。その頻度が高ければ胃が悲鳴を上げるのも当然である。身近なところへの気配りも大切にしなければ。

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