老いと言うものは同じテンポでやってくるものではない、と感じることが多い。ターニングポイントや壁のようなものは必ずあるようだ。例えば、2年半前に私が通過した75歳である。後期高齢者と呼ばれるようになり、大学の非常勤講師の仕事も定年を理由にして終わった。まだまだ働けるのに、と言いたいところだったが、75歳を境に体力が落ちてきたことは否めない。それまでは3時間のウォーキングでも平気だったのに、2時間になり、1時間半になり、と短くなっている。駅の階段を上るのに息が上がることもしばしばある。
同様に、80歳の壁というものもあるように思う。私の先輩や上司の方々が、この時期に亡くなっている。かつて母も言っていたのだが、70代まではできていたことが80代になるとできなくなるそうだ。例えば長期間の旅行などである。人それぞれに違いはあるにせよ、海外には(チャンスがあれば)70代のうちに行っておくべきだと思っている。終活も同じである。後回しにしているとできなくなってしまう。今日できることは今日やろう。
よく、亡くなるときは「ピンピンコロリ」が良いと言われる。確かに、長期間病に苦しむのは嫌だ。生涯現役を貫いて活動している最中に、苦しむことなく人生を終えることができたら、と思える。でも、そんなことは可能なのだろうか。健康なまま亡くなるなんてありえない。結局のところ、それまでに病気が見つからなかっただけ、あるいは、不慮の事故で、ということなのではないか。いずれにしても、残された家族にとっては、あまり望ましい亡くなり方ではないように思える。
私の母は101歳である。現在、故郷の特別養護老人ホームに入っている。ここ数か月、眠っていることが多くなった。食事や水分を取らないことも増えているとのこと。かかりつけ医の話では、治療できるところは無いとのことである。そこで、退所して自宅で看取るか、ホームで看取り介護ということにするか、の選択をしなければならなくなった。私を含む3人兄弟は、それぞれ事情があって母と一緒に暮らすことは困難である。相談の上、看取り介護をお願いすることにした。
いつ最期がやってくるかわからない状態なので、可能な限り早めに会っておいた方が良いとのことで、ホームを訪ねた。もう1年以上前から私のことは誰だか認識できていない。半年前からは眠っていることが多く、寝顔を見るだけで帰っていた。今回も同様である。声をかけても全く反応はない。ただ、寝息は穏やかで、表情は平和そのものだった。このまま命を終えるとしても、苦しむことなく息を引き取るのではないか。その思いは私の気持ちを穏やかにした。もしかしたら、これが理想の亡くなり方ではないのか。
父は97歳で亡くなっている。90歳の壁もあったように思う。認知症とまでは言えなくとも、新しいことをする意欲が落ちていた。母も、90歳の頃、家で転んで手足が不自由になった。父が亡くなったと同時に施設に入ってサポートを受けるようになっている。そして、母が越えたのが100歳の壁である。その頃から家族を認識できなくなった。
いくつもの壁を越えながら最期は静かに眠りながら終える。これが理想ではないのか。
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コンサルティングと研修のサービスを提供します。
所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)

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理想の人生の終わり方とは
2026.2.22

