50年以上私の携わってきた仕事は、コンピュータのソフトウエア開発技術に関するものだった。そのうち40年以上は、企業における技術開発とその定着化、残る10年は大学の教員としてのコンピュータ技術に関連した人材育成である。一貫していたのは、ソフトウエアを通して価値を生み出すための方法の追求だったと思う。
私が仕事を始めた1970年代初めは、ソフトウエアの開発技術は製造業に学ぶべきという考え方が主流だった。当時、製造業は最も生産性が高く、生産技術の発展は著しかった。そこから、自動化、標準化、オープン化、サービス化など、常にソフトウエア業界は製造業の技術やビジネスモデルを追いかけてきた。最新技術の導入も進み、生成AIを活用したプログラム開発も行われている。このアプローチは決して間違ってはいなかったと私は思う。
しかし一方で、日本のIT企業が米国のGAFAに代表されるITサービス企業に比べて価値を生み出せていない、その結果として日本のIT企業は儲けが少ない、という声が多いのも事実である。さらに一部では、「日本のソフトウエア業界が自らを製造業として捉えてしまったため価値向上を忘れた」という考えも出されている。それに対しては、私は疑問を感じざるをえない。生産物の価値を上げることなしに製造業の発展はなかったはずである。
私自身のソフトウエアの価値の考え方が50年以上の間に変わってきていたのは事実である。50年前には、品質のよいソフトウエアこそ高い価値を持つと信じていた。だから、人に依存しない開発を行うことでそれが実現できると「ソフトウエア開発の自動化」を追求していた。30年前には「サービス」「ソリューション」という考え方が主流となり、ソフトウエアはその一要素として捉えられるようになった。その結果、ソフトウエアの価値もユーザ(利用者)が決めるという考え方が当たり前になった。これは製造業も他の業種も同じである。だから、どの業界も顧客のニーズ分析や顧客満足度の調査に力を入れてきた。それは現在も続いている。
では、さらに価値を生み出すにはどうすればよいのか。これまでと考え方を変えなければならないのか。そこで出てくるのが「現状の破壊と新たな価値の創造」である。これを二つに分けて考えると、後半の「価値の創造」では様々なアイディアが出てくる。しかし、前半の一体何を破壊するのか、どうやって破壊するのか、で我々の思考は止まってしまう。破壊すべきものとしてよく出てくるのは、企業における「年功序列」「縦割りの構造」「古い価値観」「昔の成功体験」などである。これらはかなり昔から言われ、取り組まれているものであるができていない。技術の進歩に比べれば人間の進歩は圧倒的に遅いのである。
アガサ・クリスティーの「遺言書の謎」という短編を読んだ。最後の部分で事件を解決したポアロは、依頼者の「専門家を雇って解決する」という知恵を称賛している。現代の産学連携、企業間連携、オープンイノベーションに通じる考えである。価値創造の方法は100年前から変わっていない。一方で、現状の破壊の方は永遠に定番の解決策は見つからないのではないか。ポアロならどう言うだろうか。
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コンサルティングと研修のサービスを提供します。
所長:石田厚子 技術士(情報工学部門)博士(工学)
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価値を生み出すための破壊
2024.1.21