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忙しさが近づく中の高揚感


2023.11.26


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 私の体が寒さに反応し出してから、しばらくは秋の気配があまり見られなかったのに、県立公園の木々は一気に赤や黄色に染まった。水鳥も増えてきた。残念ながらオオバンにはお眼に掛かれていない。今年は短い秋になりそうだ。いよいよ師走の忙しさがやってくる。

 例年、12月から2月までは大きな仕事が入っている。重ねて、この時期は大学の期末のイベントがある。期末テストの実施、そして成績評価である。問題作りから始まり、最後の学生からの最終成績問合せ対応まで気が抜けない。最終成績は卒業判定にも影響するので、合否は学生にとっては死活問題なのだ。こちらの緊張も高まる。

 さらに、以前と比べればかなり減ったけれど、年末年始の恒例行事もある。それが過ぎたら、今年度は(プライベートで)大きな仕事が控えている。つまり、いつになくやるべきことが目白押しなのだ。にもかかわらず、リビングのテーブルの上には旅行ガイドが乗っている。春には桜を追っていく東北旅行を計画している。それこそズキズキワクワクだ。

 忙しさがひたひたと迫ってくる中、なぜか高揚感が止まらない。体調がよいからか?いや、昨夜も脚がつって痛くて眠れなかった。しかも、いつも効いていた薬が全然効かなかった。寒さが増すにつれて食欲も増してきたのは痩せている私にとっては好ましいことなのだが、胃腸にかなりの負担になっている。それによる腸閉塞の再発の可能性も常に不安である。つまり、体調が万全というわけではないのにそれを上回る何かがあるのだ。それは何かを考えた時、一つの可能性にたどりついた。コロナ禍からの脱出である。

 時々、テレビ番組で過去の映像が再度流されることがある。全ての人がマスクをかけていたり、(どれほどの効果があったのか不明だが)マウスシールドやフェィスシールドなる透明の器具を付けていたり、人の間にアクリル板が設置されていたり、握手を避けてグータッチするなどの映像を見ると、ほんの7か月前まであったあの不安な日々を思い出してしまう。全く行動が制限されていたわけではないが、景色は全く違っていた。特に、心理面での負担は大きかった。

 コロナ禍であっても旅行をすることはできた。しかし、当時は多くの人が自家用車で移動することが多かったらしく、新幹線はもちろん在来線もガラガラだった。現在は、指定席は満席であり、観光地の在来線は乗り切れないほどである。私は今でもマスクを着用しているが、それは、日焼けを防ぎたいから、喉や鼻を寒さから守りたいから、年齢の影響が明らかに見えてしまう口元を隠したいから、に他ならず、コロナやインフルエンザのことは殆ど忘れている。大学の授業では声が通るようにマスクは外している。

 コロナ禍が始まった2020年の春から、新型コロナが5類感染症に変わった今年(2023年)の春までの3年間がいかに不安と閉塞感で押しつぶされていた日々だったのか、改めて痛感しているのが現在なのだ。それゆえに、高揚感がどうしても抑えられない。こうなったら、それに身を委ねてしまおう。忙しさを乗り越えてワクワクする日々を楽しみにしたい。だって、いつまた次のパンデミックが来るか分からないのだから。

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