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忘れていた恐怖を思い出す


2021.10.17


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 私は都内の大学で非常勤講師をしている。全国的に緊急事態宣言が終了した10月になって、これまで全面リモート授業だった私の担当授業(3クラス)がハイブリッド授業に戻った。これは学生の半数が教室で対面授業を受け、同時にZoomでリモート配信して半数の学生が自宅などで受講するというものである。担当教員は、毎回大学の教室で講義をする。大変喜ばしいことではあるが、自宅で授業をするのと違って気にしなければならないことは結構ある。コロナの新規感染者数が激減したことで、都内に出ていくことに対する恐怖はかなり減ったのだが、悩むのは服装である。

 前回のハイブリッド時にはスカート姿で、パンプスを履いて大学に出ていた。今回もそうしようかと思ったが、別にスカートにこだわる必要もないと思い、スラックスとジャケットにした。靴では悩んだ。重いパソコンを担いで電車で通勤するのにパンプスはつらい。楽をしたいと考えた。どうせ婆さんの足元など誰も見るまい、とウォーキングシューズにした。結果としてはとても楽に通勤できている。これが正解だったことが後に分かった。

 ハイブリッド授業になって間もなく、東京周辺でマグニチュード5.9の地震が起きた。私の家は揺れが短時間で終わったので、そのまま寝てしまった。次の日、ニュースを見て驚いた。駅で夜を明かした「帰宅難民」が多数出たということである。しかも、早朝から通勤や通学などで駅は大混雑である。何時間も駅構内に入れずに並ぶ人が各地で見られた。さらに追い打ちをかけるように、変電所の火災で都内のJRがことごとく止まり、多くの人たちが車内に閉じ込められたり、長時間帰宅の足を奪われたりした。

 忘れかけていた10年前の大震災を思い出した。あの時、私は都内の会社のオフィスで一夜を明かし、早朝から都内の娘の家まで歩いたのだった。そこで朝食を食べさせてもらい、動き始めた数少ない電車を求めて駅に行き、6時間かけて満員電車を乗り継いで自宅に戻った。あのときはまだ60代前半だったのでそれができた。しかし、10年経って70代になっている現在、果たしてそれができるだろうか。

 都内に通っていれば、今回のような災害に遭遇する可能性はある。大学の教室で一夜を明かす、あるいは電車に何時間も閉じ込められることもあるかもしれない。重い荷物を持って何キロも歩くことはかなりつらいだろう。そう考えたときに、私の選択した服装、つまりスラックスにウォーキングシューズは大正解だったと言わざるを得ない。

 10年前に防災対策として進めていながら今忘れていることがまだまだあるかもしれない。そう言えばこんな経験をした。何か月か前に停電があったのだが、懐中電灯の場所が分からなくて右往左往した。確かいくつも用意して家の様々な場所に置いたはずだが、どこだったかすっかり忘れていた。結局、玄関先にあった「人を検知してつくライト」を常時オンにしてしのいだ。しばらくして停電が解除されたので改めて探してみたところ、避難用防災グッズの袋と一緒に置いてあったランタンが唯一使えるものだった。その他の懐中電灯は全て点灯しなかった。もう一度気を引き締めて防災対策をしなければならない。



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